2011年3月12日 震災-3 非日常

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地震翌日。明け方もやや大きい余震があった。
いつもはタイマーで自動着火した暖房が効いた部屋で
起きるのだが、今日は寒い中起きて着替える。
電気は復旧していないが、朝の明るさがありがたい。
コーヒーを飲み、犬の散歩に出かけると
昨日とは打って変わっての晴天。
まるで何事もなかったかのように思えて成らない、長閑な朝だ。
しかし、ラジオから流れるニュースは
大変な災害が起こり、太平洋側は壊滅状態であることを伝えている。
土鍋で炊いた、少し焦げ目のごはんで朝食を摂る。
停電だが、もともと寒い季節のこと、
冷蔵庫の中は低温を保ったままだ。氷もさほど溶けていない。
停電は復旧のめどが立たないと言う。
どのくらいこの生活が続くのか、昨日の寒さを考えると少し不安になる。
それでも、偶然にも食糧も灯油もガソリンも、
ちょうど補給したばかりだったのにはほっとした。
8時30分。
困ったことに、23歳の老猫こっこの餌が残りわずかなため、
買い出しに出かけることにした。
店が開いているのかも分からない。ひょっとしたら
混んでいるかなと思い、防寒具を着込んで家を出た。
クルマを運転するならと、
すかさず妹のポータブルテレビの充電を頼まれる。
どんなエネルギーも無駄にできない。
横手インターそばのイオンに寄ろうかと、駐車場へ行って驚いた。
まだオープンしていない店舗の前には、長い長い行列が
駐車場を横切って続いていた。
並ぶ気にはなれず、通り過ぎてホームセンターのホーマックへ向かう。
こちらはまだ20人も並んでいなかった。
さっそく行列の最後尾に着く。
いつもの開店時間になるにしたがい、ホーマックの行列も
長くなっていった。
停電のため、お店の中にはお客は入れなかった。
店頭に、店員が数人出て来てお客から商品を聞き、
店内からそれを持って来て、清算するというやり方で
開店した。
単2の電池、水、マメタン、ケータイの充電器、ラジオ、カセット式のガス、
中にはマメタンこたつを買って行く人も何人かいた。
ラジオは値段が高いものしかないと言う店員に
それでもいいからと、買って行く人、
何でもいいから暖がとれるもの、とオーダーする人。
横手の一部では水も出なかったらしい。
水は売り切れとなった。
間もなく、単2電池とガスも売り切れた。カイロもないという。
湯たんぽも完売。
山道具の灯りで使用する電池は、単4と単3だったので
こちらは楽に入手できた。念のため少し購入した。
さすがに、並んでまで猫の餌を買うのは私ぐらいだった。
ケータイのバッテリーも昨夜切れたので、クルマから充電できる
充電器を購入した。思ったより安くて軽くびっくり。
さっそく充電すると、昨日から溜まっていたメールや
着信などがぞろぞろ。さっそく返信で無事を知らせる。
クルマのテレビから、津波で何もなくなった町の映像が
しきりに流れた。壊滅的、という言葉は本当なんだと思った。
仙台の宮城野区には勤め先の仙台営業所がある。
電話をしてみたが電話は全く通じない。
日中、ストーブのある居間でポータブルテレビの
地震の被害のニュースを見て過ごす。
明るくなって落ち着いた4歳の甥っ子は
元気に遊んでいるが、テレビの地震の被害の報道に怯えるので
ラジオに切り替える。
天気が良く、暖かい日で助かった。
夕方明るいうちに犬の散歩に出かける。
少し傾いた日差しが、青空をいっそう濃く美しくさせていた。
あんな大災害が起こり、いくつもの町がなくなった翌日とは
思えないくらい、きれいで静かな夕方だと思った。
徐々に日が翳り、そのわずかな光にすがるように
カーテンは開けたまま、日没後しばらく過ごす。
母がヘッデンを点けて夕食の支度を始め、
居間にはランタンを灯した。
もう外から採れる自然光が完全になくなり、
カーテンを閉める。
ふと、遠くを見るとクルマのヘッドライトとは違う灯りが点いているのに気づいた。
街灯が復旧している。
2時間後、7時頃にはすぐそばの集落の街灯と民家の灯りも灯った。
我が家の電気が復旧したのは夜8時45分頃だった。
「がんばった!東北電力!」
一緒にいた妹夫婦と思わず乾杯してしまった。
 ●震災-2
 ●震災-4

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