鳥海山下山中に日が暮れる
はじめて憧れの鳥海山2236メートルの頂きに立ったその日は、お盆の翌日。快晴。メンバーは両親と妹と私の4人。ガイドブックを調べると鉾立口から山頂まで4時間30分ほどだ。午前8時に鉾立口を出発すればお昼過ぎには山頂に立てる。その程度の計画を立てて山登り初心者一家で歩き始める。
前日に購入したデイバックには、それぞれの飲料と行動食、昼食、防寒着がパッキングされている。父親はどうしてもと、天体用にも使えるゴツイ双眼鏡も背負ってきた。
二時間ほどかけて7合目の御浜神社に到着。目の前には噴火口から出来た鳥海湖、そして荒々しい山頂がのぞめた。父親の疲労が激しかったので、ここで大休憩を取る。 その間にどうも納まりの悪そうな父のデイバッグを開けてみた。案の定衣類や食糧がめちゃくちゃに押し込まれている。パッキングをしなおし、ついでに重い双眼鏡は私のザックに入れた。
御浜神社を後に、再出発。扇子森を過ぎると御田ガ原の視界が開ける。まるでハイジでも走っていそうな広い、気持ちのいい場所だ。ここを過ぎると登山道は再び歩きにくくなる。 さっきまでバテバテだった父は、パッキングのし直しと休憩で驚くほど回復し、今度は追い付かないような速度で、ひょいひょいと先を行くまでになった。
予定では七五三掛(しめかけ)を千蛇谷へ向うはずだったのだが、あいにくその急な下りの道は決壊しており通行止めになっていたため、外輪山のコースに変更した。 こちらのコースは文殊岳、行者岳を超えてゆく足場の悪いコース。アップダウンの繰り返すルートがどういうものか、あまり知識がないまま進路を取ったのだが、初心者には精神的に苦痛である。特にこのコースは目指す山頂を常に左に眺めてぐるりと半周することになる。到達点がすぐそこにありながら、なかなか辿り着かないというのはしんどかった。
やがて七高山に着く。ここで1時ぐらいだったろうか。はじめて眺める2000メートル級の絶景に夢中になりながらお昼にした。双眼鏡で自宅方面に見なれた建物や看板を探して楽しい一時を過ごす。
目指す新山へはここから急斜を降りてゆく。大物忌神社そばに荷物をデポして大きな岩が累々と重なった新山2236メートルに無事登頂。3畳にも満たないてっぺんを極めてから帰路についたのが3時すぎだったと思う。
帰りは千蛇谷ルートが使えそうだったのでこちらへ。 今から下山する人はかなり少なかった。来るとき感動した御田ガ原までさしかかったころには、日も沈みかけていて空は赤く染まっていた。 ここで悩まされたのが蚊の大軍だ。 なぜか妹が好かれて、彼女の頭上には黒い雲ができていたくらい。刺されてはたまらないと、タオルなどで首筋を被って景色を堪能する余裕もなく八丁坂を急ぐ他なかった。
下山途中に日が暮れるとは想定していなかった。 見渡せば、お盆シーズンということもあり、山慣れしていない登山者が私たちの他に1組。肌寒くなった時間にも関わらず綿のTシャツという軽装の親子。
ヘッドランプも持たない私たちを救ったのは、煌々と明るい月だった。日の光と入れ代わりに青く登山道を照らし出してくれた。幸い、御浜神社から先は、石畳の整備されたコース。焦りもあったが、ここからなら大丈夫だと安心した。 午後8時。すっかり暗くなった駐車場にやっとの思いで生還。振り返ると御浜小屋の灯が小さく見えていた。記念すべき鳥海山登頂は、計画の甘さからドタバタと終わったが、かなり思い出深いものとなった。