乳頭山縦走途中でクマが出る(遭遇してないけど)
秋田駒ヶ岳は秋田県人にとって無視出来ないでしょう。登山初心者時代、手当り次第に登りはじめた当時のメニューに秋田駒ヶ岳があがってきた。私の場合は生活圏から見える山に食指が動く。しかし駒ヶ岳はどんな山なのか意識して見たことがなかったので、「ま、押さえておくか」程度で出掛けた。
コースは阿弥陀池コースと笹森山方面コースがある。 前者は駒ヶ岳に登れるようだ。後者は千沼ガ原方面からさらに乳頭山までの縦走ができるようだ。秋田駒を目指しておきながら、千沼ガ原に誘われて、わたしは笹森山方面へ足を進めた。
考えてみれば、規模が小さいながらも縦走はこれが初めてだ。しかし当時の私はそんな言葉も知らず、山といえば頂上を目指して登り一辺倒というのが登山のイメージだった。そのためこのコースを歩いた感想は「登ったり下ったりで面倒だな」が正直なところで、まだまだ山の醍醐味を知るには経験が浅すぎた。
やがて辿り着いた千沼ガ原には驚いた!
緑色の柔らかな草原に、点々と池塘がパステル画のような優しさでちりばめられている。ひとしきり感心し、立ち去りがたい気持ちでその周辺を1時間ぐらいかけて堪能した。
帰りは来た道を戻ることにした。他の登山者はこのまま乳頭山へ向い温泉地へ下って行くようだった。乳頭山を右手に帰る途中、2人連れの男性登山者が興奮した様子で、すれ違う人みんなに声を掛けている。
なんだろうと聞けば
「たった今、すぐそこの登山道でこのくらいのクマが出た!」
という。「すぐそこ」とはここから400メートルぐらい先で、「クマ」とは体長1mぐらいだという。
そして彼等が指差す方面は、これから私が帰る道・・・。
誰か歩いているさと、気を取り直してその道を行くが、空はどんよりと灰色、しかもこの時間ではもはや歩いてくる人も、同方向へ向う人も全く、いないではないか!
知らずに急ぎ足になる。持っていたクマ鈴を二つ取り出し、もっと何かないかと探したらお守りの鈴があったので、これも動員。いざとなれば歌うさ。
宿岩までやってきて、少し休憩することにした。さっきの登山者が目撃したポイントはとっくに通り過ぎたはず。
気持ちを落ち着かせようと、まず地図を取り出したがこれが逆効果だった。地図に記されたこの場所の地名が「熊見平」。これじゃあ、ひとりコントだ。
さらにふと後ろを見れば、なんと、ハムが一枚地面に落ちていた。
これだよ!と呆れた。
クマに逢うのを怖がるくせに、食べ物を登山道に捨ててクマを誘い出すのもニンゲン。食べ物なら土に還ると思ったのだろうか?それともそんな計算すらなく、捨てたのだろうか?
情けなさでいっぱいになった。山登りは他人の家にお邪魔しているのと同じなのだ。そこは、山に生きる動植物のための環境であって彼等の家なのだ。たまの休日にリフレッシュしにくる人間のものであることは、一瞬たりともないのだ。
この日はもちろんクマには遭遇せずに登山口まで戻ったが、一枚のハムがそこに落ちている、あの醜い光景は今でも頭から離れない。