シャリバテの体が求めたもの(細胞レベルでハラ減った)
鳥海山へ春スキーにはじめてでかけたときの事だ。
その日は山岳会のメンバー4人。他の3人は山はベテランの男性たち。女性は私のみでしかも山スキーは初心者だ。
鳥海山は夏山を何度も登っているから、体力的には不安はなかった。
ただ、ペースが不安であった。というのも、私の場合、単独行がほとんどなので、他人のペースにどこまで合わせたものか分からない。
しかしそんな不安よりも、大好きな鳥海山の雪原にはじめてトライできる期待感の方が遥かに大きい。他のメンバーには悪いが、初心者の女性ということでペースが遅れることは予定のうちだろうという「甘え」で持って、諸々の不安にはケリを付けることにした。「無理はしない」が遭難しないための心得だ。
視界いっぱいに白く美しい鳥海山が広がっている。記念写真など撮りあってスタートする。祓川口はヒュッテを過ぎてだだっ広い草原を抜けると、さっそく急登が頂上まで続く。だんだん私と男性たちの間は広がりはじめた。要所要所で彼等は休憩を取りながら待っていてくれたので不安はなかったが、やっぱり精神的には焦りが出てくる。
「ちゃんと飲んで食べたほうがいい」
とアドバイスを貰うが、私は山では食欲がなくなる。水が美味しくて水ばかり飲んで、チョコレートを2、3個頬張った。チョコレートは私の大好物なのだが、山ではあまり旨いと思わない。したがって、行動食に選ぶことはあまりなかったのだが、この日はめずらしくザックに入れていた。その代わり、山ではやたら美味しく感じる「ドライフルーツのハチミツ煮」を食糧から外していた。
再出発して、またメンバーと距離が開き始めたのでここからは開き直ることにした。白一色の斜面は山頂まで見渡せる。迷うこともないし、メンバーも振り返ってはこちらを確認できる範囲で行動してくれているようだ。
そうやって9合目付近まで来た。気温がぐっと下がり風が強い。
このあたりから空腹に気が付いた。
だが、間近に迫る山頂に早く着きたくて黙々とスキーを進め続けた。
そのうち、3歩進んでは休み、という状態になる。足がなかなか進まない。
見かねたメンバーがひとり、下りてきてザックを引受けてくれた。
なんとか外輪山に辿り着いて、スキーを外すともう座り込んでしまった。
死ぬかも。というぐらい疲労感があった。
それでも七高山で記念写真を撮り、それから新山へ向う。外輪山をほとんど崖のような斜面を下りていくのだ。この状態で行ったら、死ぬかも。辞退しようかと考えてる私の目に入ったのは、買ったばかりのピッケル。
死ぬかも。けど、このかっこいいピッケルを持ちたい!!
数十分後、私はフラフラながらも2236メートルに居た。
いつからか私の頭の中を支配しはじめたものがある。
ハチミツだ。ハチミツが食べたかった。他は何も食べたくない。とにかくハチミツ!もう、細胞すべてがハチミツコールを送っていた。
新山を下りて大休止することになった。そこでひとつ、勉強したことがある。
山ではお昼ご飯という概念に忠実である必要はないということだ。
というのもベテランの男性たちは、行動中にほとんどの食糧を消費してしまっていたのだ。
私は山では食欲がなくなる。これは疲労のため胃が受け付けなくなるのだろう。しかしエネルギーを補給しないことは危険だ。だから空腹になる前に、疲れる前に食べることが必要になってくるのだ。
私はようやく非常食用のハチミツを口にした。それから、栄養ドリンクを持っていたことを思いだし、これも飲み干した。おかげで気力体力ともに蘇っていくのが実感できた。
山でなぜ自分が、大好きなチョコレートよりもドライフルーツやハチミツが欲しくなるのか、調べてみると糖の吸収による違いに要因があるようだ。右欄にも書いてあるが、ごはんの炭水化物よりも砂糖、砂糖よりもハチミツや果物の方が糖の吸収が早いらしい。理屈よりも何よりも、体はそれを知っていて間違いなく選択しているのだ。
またもうひとつの見方としては、ハチミツでなくては体が受け付けなくなる状態というのは、かなり極限な状態なのかもしれない。炭水化物の分解も、砂糖の分解もそんな余裕はない、という状態なのだから。